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■赤裸々過ぎますかね。
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平成29年から復活した『帰ってきた』ひとりごと

土地家屋調査士村岡事務所
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平成29年4月1日

■新年度と『本音版ひとりごと』の復帰のごあいさつ

皆様には平素より大変お世話になっております。
さて,平成25年に一旦ブログ一本化にした『所長のひとりごと』でしたが,
今年度より復活させる事にいたしました。

 理由は今年度から私を取巻く状況,立場が変わっていく事が予見され,
私が今まで発信できなかった情報も少しずつ発信できる時期になったかな
と思ったからです。

 さて,そんな第1回目は先日破綻した旅行会社てるみくらぶの事件についてです。
実はこの破綻劇,私共土地家屋調査士業界と似ている側面があるなと感じましたので,
復帰第一弾としてアップさせていただきます。

 さて,似ている側面と申しましたのは,私共土地家屋調査士が携わる測量は相続や
売却の手続の一部分か必要経費と捕らえられる方もいらっしゃり,誰に依頼しても品質
に大差がないのだから,選択基準は『安いか,早いか』という方もおられ,
この『どこに依頼しても品質が同じ』という依頼者側の誤った認識あるいは登記測量は
品質の見分けが消費者から困難なことも背景にあってか,残念ながら最近は以前より
技術水準が『規格以下』ではないかという地積測量図が多いような気がするからです。

ハッキリ言いましょうか。
どこに頼んでも同じ品質では無いと思います。(きっぱり)


 むろん私自身とて完璧ではないし,同業他者の批判はしたくはないけれど,
そのような事務所の特徴はいわゆる安値で勝負している事務所かあるいは大人数が
全て悪いとは言わないが,規模が大きすぎるからなのか,受託量が多くて数を
『こなして』いる感じなのか土地家屋調査士法人さんの場合が多い気がする。

 後に実例を述べますが,現在の状況を知るたび,土地家屋調査士会の会則とは一体
何だろうと考えてしまう。

 一般の方には何の話かわからないと思うので,ご説明申し上げますと,
我々は土地家屋調査士会という会に入会しないと法律上開業が出来ない事になって
おります。

 また,この会の会則にも従う義務がありまして,この会則で測量の技術基準は詳細に
定められております。
 しかしながら,この基準の励行,いいや遵守率はいかに?・・・と考えてしまうのです。

 例えば解りやすい一例を示しますと,我々の業界での現地で測量機を使った測量で
『対回観測(ついかいかんそく)』というものがあります。

 これは測量する点を望遠鏡で視準する時に,測量点1点につき『正・反』の2回観測
せよと,東京土地家屋調査士会の調査・測量実施要領には記載されておりますが,
この境界点を測量する基となる基準点や多角点等の観測は,さらに厳しく1対回を2回
行う,2対回よって合計4回観測しなくてはならない。

 その他にも閉合(へいごう)か結合多角(けつごうたかく)して精度点検が可能な方法と
せよとも記してある。

 後段の閉合(へいごう)とか結合多角(けつごうたかく)という言葉は一般の方に説明が
難しいので省略して,解りやすい例の前段の対回観測に着目すれば,観測点1点当たり
の観測回数が定められているという事だけ覚えておいて下さい。

 さて,ところが実際現場でこのとおりに対回観測による測量が行われているかどうか・・・
私が現場で肌で感じるのは,残念ながら恐らくキチンと2対回観測の土地家屋調査士は
相当少ないのではないのかと感じております。

実は素人でもこれを見分ける方法がひとつだけある。

 それは土地家屋調査士に『観測手簿(かんそくしゅぼ)』という測量観測履歴を印字した
書面の提出を求めてみる事である。

 何故なら観測手簿ばかりはごまかしがきかないのだ。(但し手書きを除く)
実は不正防止のため測量機側の方で1回しか測ってないものは当然ながら1行しか
角度の記録が印字されないようになっているのです。

 しかし,この書類は登記申請の場合の法定添付書類ではありません。
つまりは,観測法は性善説によって経営されている無人野菜販売所と同じです(笑)

 ただここで誤解しないでいただきたい事は全て1回観測が悪いわけではありません。
境界点の観測であれば条件付で1回の観測でも可ではある。
 ただし,境界点を観測する基準となる点(俗に言うトラバース点等)はアウトである。
今これを読んでモニターの前でひょっとして

「ばっ!馬鹿野郎!余計な事バラしやがって!」

と顔を赤らめた先生もいるかもしれない。
 しかし真面目に業務している側からすれば,逆に

「問題はあなたでしょ普段から基本の測量してれば何も恐れる事は無いでしょ」

と言いたいはずです。
 私の本音は『来るなら来たれ!いざ来いニミッツ・マッカーサー♪』である。
(↑戦前の軍歌系ですみません・・・この歌知ってる人〜?)

 なぜこんな同業の一部を敵にまわすような発言をする理由は,実施要領どおりに
測量しておられる,誠実な土地家屋調査士さんが,恐らく実施要領どおりでは無い方に
より作成された地積測量図が隣接地にあった場合に,この地積測量図と整合性を図るの
に苦労する事が多いのです。

 私の実例ですが,すべて土である箇所で10cm以下,恐らく5〜6cmくらい土を除去
すれば容易に既存の境界標が目視で確認できるのに掘削調査すらしない。
 この物件は終端部のブロック塀上の既存境界標がブロック塀の中心に設置されている
の見て,こちら側も同じと思い込んでブロック中心で立会をして境界プレートを「ペタン!」
と貼付て一丁あがり!だったのでしょう。

 しかし残念ながら,出土した境界標はブロック中心ではなくブロックの側面にあり,
加えて法務局の過去の地積測量図の距離と出土した境界標の距離,境界標の種類
すべて一致している状態である。

 つまり過去の地積測量図と現地既存境界標との整合性なんか確認しちゃいない・・・
       ↓
(登記が通れば,ハンコ貰えばオッケーさ♪)なのか

 境界標が埋設の表記があるのにたった5pの掘削調査すらしない・・・
       ↓
(これまた登記が通れば,ハンコ貰えばオッケーさ♪)ですか・・・

 しかもその誤った位置で分筆登記してしまっているので,誤った地積測量図が
直近の地積測量図として法務局に備付けられて,その土地面積で新所有者へ
売却されてしまっている状態です。

 これでは後年,隣接地を測量する土地家屋調査士さんが大変苦労するのです。
結果として隣の土地の一部を他人に売ってしまい面積が減っている訳です。

 さらに先に述べた対回観測でも,そう感じる時がある。

 次の実例は,隣接地が平成28年1月に作成の土地境界図及び地積測量図が
市役所・法務局にて閲覧できる土地の分筆登記の依頼があった。

 まだ,隣地は測量から1年3ヶ月しか経過しておらずトラバー点(基本となる点)が
全点現地に残存していたので,これ幸いと境界復元のため,点検観測してみたところ
2点間距離が約40mで1.1cmもデータと合わない!
 現代の高精度な測量機を用いて,実施要領どおりに測量していれば,
こんな差はまず出ないはず。
この上記の2つの実例とも

『すばらしい名称の大所帯の土地家屋調査士法人さん』であった。

このような状況を考えると,ある程度はこの場で警鐘を鳴らしても良いかもないかと
思ったからです。

 このような事が顕在化すれば延長線上には登記測量の厳格化となるかもしれない。
つまりは,登記申請の際に添付する不動産調査報告書に観測手簿の追加が義務付け
られる日が来るかもしれないという事である。

 まぁ私は痛くもかゆくもないですけれどね(笑)

 また,不動産登記規則第77条にも基本三角点等に基づく測量の成果により
登記のための地積測量図を作成しなければならないとある。

 最近東京土地家屋調査士会の研修では,
「これら実施するよう」にとの“お達し的”(おいおい(笑))な研修であったが,
これに異を唱えるセンセイ方もいたようでしたけれど,
私の本音は「もういい加減,実行したら」
たしかに例外はあるだろうが何年経過した規則なのやら

 確かに,これらは任意トラバースにくらべれば作業量も増えるので,
結局そのしわよせとして依頼者に請求額となって負担になる・・・
というのも解らなくはないが,だけど本音は
 「価格に転嫁するとダンピング業者に得意客お客を取られちゃうかもしれないし」
という弱気とはっきり言って・・・楽して儲けたいんでしょ

 ならば自己で費用負担を受忍するか,それとも依頼者に粘り強く価格交渉するか,
あるいは自分の腕を磨いて効率化して任意トラバースと大差無いサイクルタイムで
処理するか,それしかないと思う。

 しかし,そもそも常日頃からトラバースは2対回,原則閉合又結合トラバースとし
開放トラバー(補助多角)は止むを得ない場合のみ2点までとする。
 但しその場合の開放トラバー(補助多角)は出会差点検が常識。
という公共測量作業規程に準じた土地家屋調査士実施要領どおりの測量を普段から
していれば,何の事も無いんですよ。

 私は元々,公共測量で修行してきた土地家屋調査士なので測量地から200m内の
基準点(多角点)という事は,測量付近が50mで取付け+200mと考えて,

(ざっと450mの単路線なら撰点観測で半日か交通量多いからもう少しダナ)と

算段ができるが「ええっ!450mも!」なんて無理と目を吊り上げちゃう
土地家屋調査士さんが一定数いるのも事実です。

 でも,それでも価格転嫁も出来ず価格交渉もせず,自己研鑽もせず,
ひとりでおっかぶればその先は,まさしく今話題の「てるみくらぶ」になってしまうので
任意多角で手抜き・・・ですか。

 てるみくらぶの社長の弁ですと,単純に広告媒体にお金を掛けすぎた・・・
(しかしそれを価格に転嫁できず格安ツアーを販売し続けた・・・)

単なる足し算・引き算で破綻は見えているのに,社員への給料等の支払いで
手元のキャッシュ(キャッシュフロー)を失いたくなかったのでしょう・・・

 確かに手元に現金が無いのは心細いだろう。
これは他人を雇用している経営者にしかわからない焦燥感で同情すべき点はある。
しかし,やはり『価格に対する勇気』をどこかにもっていないと,最終的には他人に
迷惑をかける。

 さて結論として私はダンピングはけしからんと言っているのではないのです。

 低価格戦略が展開できる能力や体力があればすれば良いとも思う,
それに例えは乱暴ですが,家に帰ればお腹をすかせた女房・子供がまっている状況で,

「あぁ〜この仕事が取れれば何とか今月食っていけるんだけどなぁ・・・」

という場面もあると思う,それならばダンピングでも何でもして家族を守るという選択も
あるでしょうし,あまり好きな言葉じゃないが,それもその時の『正義』なのかもしれない。
でもそれならば・・・

「ダンピングしても良いけど,内容までダンピングするなよ」

土地家屋調査士なら「最低限ぐらいの仕事はやろうじゃないか」と言いたいだけです。
 安く請けたからテキトーに手抜きをして納品する・・・

こんな事は誰だって考えつくし,できる事だ,そして他人に迷惑をかける事になる。
その延長線上にあるものは土地家屋調査士業界の弱体化につながってしまう。
 安く請けても内容が素晴らしければ「おっ!この事務所いいな」と
その成果品を引継いだ業者の目に留まり評価される展開があるかしれない。

私にもそんな時代がありましたから・・・

やはりビジネスは弱気を振り払って価格に挑戦する姿勢ではないですかな。
それが出来ないなら自己研鑽するしかないようです。
 それが嫌なら・・・蛍の光

ということで本年度もよろしくお願いいたします。





平成29年12月14日 
■研修の大切さ

今年も残すところ半月となりましたが,皆様いかがお過ごしでしょうか。
毎年恒例の今年の漢字も「北」と発表され,いよいよ年末モードですが,
そんな師走の忙しない12月11日に行われた東京土地家屋調査士会の企画研修に
参加してまいりました。

 お題は「境界鑑定業務での心得,境界鑑定の手法,鑑定書の書き方」
という内容でした。

 鑑定測量とは一言で説明すると,裁判所から依頼される土地境界について係争中の
業務です。
私はこのような業務には直接携わってはおりませんが,土地家屋調査士として普段の
業務において注意点やヒントを拾おうと思い受講を決めたのでした。

感想としては大変良い研修でした。
何が良かったかって?

鑑定書の書き方?
(いえいえ・・・そもそも携わってないですし)

境界鑑定の手法?
(いやいやそんな恐れ多い・・・)

 実はこのような直接鑑定測量業務に関する事では無く,講師の先生のこんな一言・・・
(正確ではないかも知れませんが)

境界鑑定業務に携わると必然的に色々な土地家屋調査士が作成した
『境界確認書』を見る機会が増えるが,その中でも公図に赤線引いてあるだけの
境界確認書は「まったく役にたたない」
(そりゃそうだ・・・)

加えて・・・
四角土地としたら,4点の境界点の座標値だけ記してあってもイマイチ・・・
(えっ!?そうかなぁ・・・)

なぜならば,後年の境界点の移動が確認出来ず,つまり復元力に乏しいという事
(うーん・・・なるほど・・・そうか
移動の有無を客観的に複数の方法で証明するには・・・確かに)

さらに・・・
土地家屋調査士として普段の業務で境界確認書を作成しているのならば,
せめて依頼者のために後年役に立つ境界確認書を作成(特に図面の情報量)
してあげた方がよいのではないか・・・・

境界確認書類の価値は境界位置復元力の有無につきる!
(ガーン!!!なるほど)

 確かに・・・復元力のある土地境界図か・・・
実は我が事務所はこの点について,かねてより『基本三角点等に基づく測量』以外に
もうひとつ,暖めていたアイディアがあったのですが,モヤモヤとしており実行していな
かったのです。

しかし,この一言で実験的に始めてみる決断がついたのでした。

 さてさて・・・
今回の『ひとりごと』のお題は『研修の大切さ』ですが。
実はこのようなヒラメキや出会いではないかと思うのです。

何も鑑定測量や鑑定業務に興味がなくても,その研修の中から,

「これは!という物を何か一つでも持って帰る事」

これが一番大切なのだと思います。

 もし,講師の先生がこれをお読みいただいたとして
「そうだ,私が研修で伝えたかった事はそこなんだよ」などという事は
100%ありえない。

 講師側が100の情報を発信したとして,受講者側はその内の一つでも
自分の物とし,持ち帰って,創意工夫・研究して日々の業務に反映する。

その講師の1/100の情報が値千金・・・
こんな事が研修には存在するのではないでしょうか。

 私も今後も直接興味が沸かない研修にも参加していこうと思い
を新たにいたしました。

 ・・・と,一年を締めくくり,来年も業務に精励していこうと思います。

 それでは皆様,良いお年をお迎え下さい。






令和2年1月25日
■最近感じた事を赤裸々に・・・

皆様,いかがお過しでしょうか。

『ブログ』というものが流行る前から存在していたこの『本音版ひとりごと』も
平成29年から放置だったのですね。
 
まぁオリンピック&安倍株価による景気上昇によって大忙しでしたからね
(現在進行形ですけれど)

 さて,何故多忙の今更新したのかというと,
最近私自身の『心の声』が聞こえはじめたからです。

 実は昨日は地元の小平北商栄会の新年会でした。



 地元という枠でいうなれば,一番小さい組織,その上が小平商工会第4支部となって,
そのまた上が小平商工会(親会・本会)さらに小平商工会の中にも建設業部会があって
部会の中に委員会が存在します。

 ところで私は平成4年10月1日 28歳の時に今の地,小平市で開業しました。
たった一人だけ同業の知合いの先輩はおりましたが,その方も同業ですから,
自然と距離が生まれて,結局のところは味方は妻だけでした。

 当時の私は営業の経験は無かったけれど,
「ヤル気と測量にかける情熱では負けない!」
と若気の至りで酒の勢いを借りて妻には豪語しており,
地元商工会活動(当時は青年部)で存在感を示そうと,
それなりに活動していました。

 それだけ『団体』『会』に参加すれば,先輩から色々と声がかかるわけです。
もちろん仕事以外の話がほとんどですが,しかし,それは何を意味するかというと
お前,若いんだから会の仕事を手伝え・・・
私の手足となって働いて下さいって事です。
この感覚は学生時代運動部の縦社会でしたし苦ではなかったです。

 組織が存在させて行くには,常に次世代の『若者の力』が必要だと思いますし,
それは会社組織だって例外ではないはず。

 ただ商工『会』や交通安全協『会』やら公嘱協『会』は自分の仕事以外の組織。

 本来,本業あって,家族従業員の生活があっての『会』のはず
もちろん地域活動も大切,地域の防犯・交通安全も大切,業界も大切・・・
それは理解できますし地域の愛着や業界発展の熱意も感心もあります。

 ただ組織の役員になり活動するには一定の経済的基盤が必要ではあるまいか。

『衣食足りて礼節を知る』
この諺の意味は説明するまでも無いですが,私はそう考えていました。

 自分の業務を犠牲できる『会の役員』を引受ける経済的基盤のラインですが

持ち家を取得したら・・・
従業員が増えたら・・・

 とぼんやりと設定してましたが,実際は従業員が増えたら増えたで仕事量は増す一方だし,
当然ながらマイホームは利益を生み出して経営を好転させる物ではない。
(ただ精神的支柱となり達成感が満たれる事はあるでしょう)

  その結果として私の本業以外の役員経歴は実に中途半端であります。
(このサイトの役員歴をご覧になればおわかりと思います)

 その原因は熱意と経済的基盤が薄いという認識があって会務の役職に傾注できなかった。

それは私の心の声で・・・
「家も持てて無いのに役員やっている場合か?」
「事務所存続にアタフタしているのに会の役員?今すべき事は他にあるのでは?」

見回せば,役員達は親からの豊富な資産を受け継いだ二代目又は経済的成功者ばかりだ,
これではとても会に向き合える心理ではありませんでした。
 それでも役を引受けた以上『規範意識』をもって組織に向合ってきたつもりですが

経済的基盤を有した熱意のある者と
経済的基盤の構築途上で規範意識のみの私・・・

と,自己批判するようになり最近これら会合,特に宴席に出のが億劫になってきました。

 ただ私の胸に「こんな事ならもっと早く若い時期に役員を引受けておけば良かった」
という思いが去来したのかというと,これだけは明確に否定させて頂きますが,
答えはノーであります。

 理由はそのかわり現在の事業所規模,ご依頼者様達の質及び量,従業員の練度,
事務所の装備等々の向上を手に入れる事ができたからです。

 総括すると,私は土地家屋調査士事務所で依頼者に喜んでもらえる業務を行い,
適切報酬を堂々と請求して,その報酬で従業員の生活を支えて納税する。
このために業務に精励して自分の組織向上しかできない『器』の男なのだ。
それでいいじゃないかと

 もちろん,崇高な理念を持って裸一貫から経済的基盤を築き『会』の組織のリーダー
となっている賢い方も多くいるだろうが,しかし残念ながら私にはその才能は無いようで,
率直に受け入れるしかないようです。

 あと役ひと月で56歳となる今年・・・
このような心理で『会』について舵を切ってみましたが。
さて・・・どうなりますか。






令和4年1月19日
新年のご挨拶

皆様、ご無沙汰しております。
代表の村岡でございます。

 しかし月日の経つのは早いもので、前回このコーナーをアップしてから丸2年になります。
この2年という言葉は今となれば公私共に『コロナ』に翻弄された2年間だった気がします。

 思い起こせば私が土地家屋調査士試験に合格したのが平成7年でして、この年は1月に
阪神淡路大震災でその後オウム真理教事件での激動の1年だったわけですけれども、
1年間というスパン認識するような出来事だったのですが、このコロナショックは、今までとは違い
長期戦の様相を呈しており、先の大戦も我が国上、もっととも重大な出来事だったわけで、、
太平洋戦争は3年8ヵ月の長期による国家総力戦≠ナしたし、
経済面ではバブル崩壊後の『失われた10年』のデフレとの戦いも現在戦闘中の長期戦です。

 この長期に渡る戦いが国の転換点・・・いや消耗戦となってきているような気がいたします。

 どうなんでしょうかね・・・電車内や診療施設への放火事件等々・・・
あまり国全体としては良い方向に向かっていないような気もいたします。

 ひるがえって私個人は2年前に記したとおり、経営者として舵を切ったわけですが
皮肉にもコロナウイルス感染症という予測不可能な出来事により『会』よりも『個』へ
集中せざるを得ないする事になり、結果的には驚くような成果を得られた生涯忘れられない
2年間となりました。

 人間万事塞翁が馬

 つまり2年前の決断は私個人の力が及ばない事象も相まって今のところ
『成功』に近い状況です。
さて、この1年どうなりますか、次回の本音版ひとりごとで良いご報告が出来る事を期待しつつ、
皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。
 
 まる2年間『宴会』が無いため、宴会の挨拶のようになってしまいましたが頑張りましょう。










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